【感想】ゆとりですがなにか 第5話 (5/15)
こんにちは、ぱんのです!
5月15日に放送された『ゆとりですがなにか』第5話を観て思ったことを書きます。
観ていない方のために、まずあらすじが書いてある記事のリンク貼っておきます。
とてもわかりやすいです。
第5話で思ったこと
【おしながき】
(1)茜ちゃんが意外と受け身
(2)ガールズバーの位置づけ
(3)29歳童貞の位置づけ
(4)山路のお説教せりふがリアル
(5)どうでもいいこと(ex ゆってぃ、おっぱい)
(注)台詞はうろおぼえなのでご了承ください。
(1)茜ちゃんが意外と受け身
茜ちゃん、彼氏のまーちんより仕事ができるし、実際エリアマネージャだし立場も上です。仙台支店長という栄転のお話も来ています。つまり、自立した女性。自分のことは自分でしっかり意思決定し、これまでの人生を歩んできただろうと想像できます。
でも、そんな女性だってプロポーズ待ち。
〈茜ちゃんの発言〉
「栄転は話はまーちんがいるから迷ってる」
「(仙台の話受けたら?とまーちんに言われ)こうやって婚期が遅れていくんだ…」
「実家からの圧力もあるし...まあそれはいいか」
つまり、結婚を申し込まれたら受け入れる気満々なのです。この一連の言葉を聞いて、改まった態度になったまーちん、「じゃあさ」
茜ちゃんがハチマキをはずします。プロポーズだろうと思ったのでしょう。
別れを切り出され、茜ちゃん撃沈。そのまま、あっさりと別れを受け入れます。受け身です。
茜ちゃんの一連の言葉は、「ここで結婚してくれって言わなきゃもう仙台行くぞ」という最終通告だったのです。ゼクハラなどという卑しい手段はとりません、茜ちゃんだから。
結婚してくれ圧力をかけたにもかかわらず、あっさりとフラれたのは茜ちゃんだけではありません。でもまーちんモテ男かは知らんがハイスぺではないね、うん。
上記の記事では、自立していな女性が結婚によって自分の生活を安定させようとして、彼氏に重いと思われ、フラれるわけですが、茜ちゃんは違います。でもそんな女性だって、自分から結婚しよう、とは堂々と言えないんですよね。
これはもう完全に、男性:プロポーズする、女性:プロポーズされる、という固定概念が広まっているからでしょう。まあ、かつては男性が女性を養うから男性がその女性を養うかどうかの決定権を持っていた、という構造があったと思うのですが、今や結婚=男性に養ってもらうではない場合が多いと思うんですよね。
それなのに、プロポーズの構造は変わらないってどうなんだろう。女性は出産に関して生物学的なタイムリミットがあるにもかかわらず、ですよ。
どうやったらこの固定概念が変わるのかな?
草食系男子、肉食系女子っていう言葉ができていることからも、徐々に関係性が変わりつつあるとは思いますが、結婚に関してはやはりどんな肉食系女子でも経済的にも精神的にも自立した女子でも、保守的な価値観を捨てられずにいる状況なんだな、と茜ちゃんを見て思いました。
それにしてもハイスぺクズ男も、ハイスぺでもないのに「すごい共感する」とドヤる輩にも、全力で「うるせえ黙れ」と言いたいです。
今回の安藤サクラの泣きの演技は最高だったなぁ。誰かの前で強がっている自分を、胸の内では自覚して嘲笑っているんだけど、一人になると、ふと弱い部分が出てくる感じとか。片手の手のひらの中だけで、好きな彼とのアレコレが片付いてしまう虚無感も面白かった。#ゆとりですがなにか
— おなか (@HNamachiri) 2016年5月15日
#ゆとりですがなにか の別れた後カメラロールからふたりの写真探して削除するやつ、めっちゃ既視感ある〜〜!!!ウワァアアアア!!!!
— ぱんの (@lunleee) 2016年5月16日
わたしも完全に片手の手のひらだけで、好きな彼とのあれこれが片付き、そこはかとない虚無感に襲われたことがある人間です。このシーンでいろいろ甦り、トイレ休憩をはさみました(笑)
録画した1時間のドラマでトイレ休憩を挟ませるクドカン恐ろしいんだけど!
(2)ガールズバーの位置づけ
このドラマでは、基本的にガールズバーはけしからんもん、というふうに設定されている気がします。兄は妹がガールズバーで働いていることに動揺するし(これはしょうがないことだと思うけど)、まりぶもゆとりと付き合いだして「てめえの女あんなところで働かせるわけねえだろ」と言っています。あんなところって。自分で出した店なのにね。
自分の彼女が客に性的な目で見られることが嫌なんだろうということは想像できますが、なんだかもやもやします。
↑この記事では、東大女子が性的に消費されるべきではない、と一般的に考えられているから「東大女子すら」とバッシングされた、と書きましたが、「性的な対象になる職業=卑しい」という価値観はどうなんだろう、とコメントを頂いてからちょっと考えたりしています。
コメントは記事の最後尾にありますので、気になる方は読んでみてください。女優がちょっとセクシーなシーンを演じてるのはよくて、AV女優はだめ、グラビアアイドルはちょっと…、水商売もけしからん、みたいな風潮があるけど、「職業に貴賤なし」とは何だったんだ? という。
性的な魅力を自らの意志で発信する、というのは権利だと思うので、法律やコンプライアンスに引っかからなければ東大女子だろうがなんだろうが、人の自由だと思います。
話がドラマからそれてしまいましたが、このドラマにおけるガールズバーの位置づけが気になった、という話です。
(3)29歳童貞の位置づけ
このドラマでは、坂間・山路・まりぶの3人ともが1987年生まれということになっています。つまり、現在29歳の設定ですね。29歳で童貞だと周囲に明かした山路は、なんと教え子たちにも童貞をいじられるという地獄のような状況。毎回童貞いじりが入って来ます。
29歳で童貞ってそんな恥ずかしいことなんですか??
ここまで来ると山路が少しかわいそうに思えてきました…
童貞だと映画1000円わろた(^_^;)#ゆとりですがなにか pic.twitter.com/v6HI5FlbPE
— TOPWATER No.07 (@minikero1975) 2016年5月8日
ま、とりあえず言えるのは〜、4年2組の間で童貞ってワードがトレンド入りしたってことだよね#声に出して読みたいまりぶ語 #ゆとり #柳楽優弥
— こまち (@2caprico) 2016年5月8日
2010年の国の調査によれば、30代前半でも男性の約4人に1人が童貞らしいです。
なので、あまり童貞いじりがすぎると、意外と多くの人を傷つけてしまうのではないか、と。
あと世間に「29で童貞は恥ずかしい」という観念を植え付けてしまうので、ちょっとどうなんだろう? って思いました。ドラマだしキャラ立ちするから童貞という素材をふんだんに使おうっていうのは、仕方がないかもしれないんですが。
それでも、ドラマってけっこう世間の価値観に影響を与えるものなので、特定の属性の人たちをいじりすぎるのは良くないんじゃないかな、と思います。
りはめより100倍恐ろしい (角川文庫) | 木堂 椎 | 本 | Amazon.co.jp
(いじ)りは(いじ)めより100倍恐ろしい
リアルな描写が心にくるタイプの小説です。おすすめ。
(4)山路のお説教せりふがリアル
教育実習を通じて教師のしんどさを体感し、「こんなの一生は無理だと思った。だから教師にはなりません」と言う悦子先生に山路が放った言葉、重みを感じました。
「もう無理って毎日思うし、嫌いな生徒、同僚も、親も、顔見たくないやついるよ。こんな俺でも教師やってますよ。こんなの一生とか無理ですよ。せいぜい1日ですよ。でもやってますよ!」
— Takuya Ishikawa (@MarcsGomaStick) 2016年5月15日
そんな山路先生を見て、みんながんばってんだよな、がんばろうと思う(単純)#ゆとりですがなにか
「割り算のひっ算に4時間ですよLDの子!あーってなりますよ泣けてきちゃいますよこんなの一生なんて無理ですよせいぜい一日ですよでもやってますよ!」
— ふー(風) (@yuyu0218mk) 2016年5月16日
危うい台詞。その子に誰より懸命に心寄せるヤマジーを見せてから盛り込んでくるところに脚本の覚悟と勝負を感じる。 #ゆとりですがなにか
※LD:学習障害
前半では、熱心に大悟くんをサポートし、クラス一丸となって応援したり、大悟くんの母親に「大悟くんのおかげでクラスがまとまった気がします」と山路が言ったりという「美しい」シーンが多くて、これまでのドラマの作風から考えると違和感あるな、と思ったらやっぱりここでぶっこんできた~って思いました。
本音をちゃんとぶつけて説教する山路、かっこいい。
ハグしていいよ、と言う悦子先生に握手して頭ぽんぽんするのも、わたしは誠実だと思いました。悦子先生、悪いひとではないと思うのだけど、小悪魔すぎ。彼氏いるのに山路に好きって言ったり、経験あるのにないって言ったり、「彼氏と別れた。年下は子供っぽい」と言って誘惑したり。童貞のピュアな山路にとっては難易度高すぎる案件。
(5)どうでもいいこと(ex ゆってぃ、おっぱい)
・焼き鳥屋の店員の中森くんが、ゆってぃにしか見えなくなってきた
(気になる方は画像検索してください)
・まりぶはおっぱいいつまで連発し続けるんだ?
・まりぶの奥さん面白すぎる、特に中国語でまくしたてるシーン
・そもそも、まりぶはなんでこの奥さんと結婚したのか?
はい、以上です。
2話の感想も書いているので、よければどうぞ!